おままごと仲間

一年という短い期間だけど、保育士として働いたことがある。まさか自分が保育士になるなんて、夢にも思わなかった。

そもそも、私自身は幼稚園に通っていたし、娘の妊娠を機に退職したので、保育園とは無縁だった。

保育士に興味をもったのは、息子を妊娠中に切迫早産になり、二歳の娘を一時保育に預けたことがきっかけだった。

初めて私と離れた娘は、最初は泣いていたものの、すぐに馴染んだ。新しい歌を覚えたり、先生やお友達の話を楽しそうにしてくれた。自分でリュックから荷物を出すなど、目に見えて成長した姿には驚いた。

先生が娘の様子を連絡帳で報告してくれるのも嬉しかった。日中は一人で育児をしていて、不安や孤独になることがあった。家族以外に子育てを助けてくれる人がいるなんて、心強くてありがたさが身に沁みた。

家庭だけではなく、社会で子どもを育てる。そんな理想がリアルに感じたできごとだった。

もっと広い視点で子育てについて知りたくなり、試験を受けて保育士の資格を取った。

余談だが、独学での試験勉強は、ネットの情報にかなり助けられた。個人で保育士試験のホームページを作っている方がいて、よく参照した。市販のテキストではちんぷんかんぷんだった音楽理論が理解できたのは、その方のおかげだ。

世の中は見ず知らずの人々の善意で回っている。

資格を取得してすぐに、契約職員として働き始めた。土曜日の朝から昼食後までの短時間だけど、数年ぶりに働くのは気分転換にもなって楽しかった。

私が働いていた保育園は、ゼロ歳から二歳までの少人数で、土曜日は多くても六人くらいしかいなかった。

正職員の先生は、九時までは集中して事務仕事をする。朝一番に子どもたちを迎えるのは、私の役目だった。

七時に保育園を開けると、すぐに登園する女の子がいた。二歳児クラスのいっちゃんだ。いつも一番のりで、次の子が来るのは八時過ぎだ。

私たちは、二人でよくおままごとをした。

「いっちゃん、お腹すいた。ごはん作って」

犬のぬいぐるみを動かして私が言うと、いっちゃんはすぐにハンバーグやオムライスを作ってくれる。デザートのイチゴも欠かさない。イチゴはいっちゃんの好物だ。

「はい、どうぞ。いただきますしてね」

「いただきまーす。もぐもぐ、美味しいね。あちち、火傷しちゃった!」

お水飲むんだよ、といっちゃんはぷっくりした手で、コップを口に当てがってくれた。

こんな感じで、一時間くらい二人で遊ぶ。ストーリーもオチもなく、延々と続く。

最初は間がもたないかも、他の先生に聞かれて恥ずかしい……と思っていたが、すぐに慣れた。むしろ、ものすごく楽しかった。

我が子と遊ぶときはすぐ飽きてしまうのに、仕事だとノリノリの私。

どんな子でも、布や物を手にすると、すぐにおままごとを始める。人間は演劇をする本能があるんだな、と感心した。

私も、おままごとを楽しんだ。面と向かってだと恥ずかしくても、ぬいぐるみの姿を借りたら二歳の子とも親友だ。

いっちゃんは早生まれで、話し方も動きもゆっくりだった。そのため、他の子達の勢いに圧倒されることがよくあった。先生に話しかけたいのに、他の子達がさっと先生に駆け寄ると、後ろに引っ込んでしまう。見ていて歯がゆいが仕方ない。

この朝の一時間は、いっちゃんにとって大人とゆっくり過ごせる、和やかな時間だったかもしれない。そうだったら嬉しい。

その後、引越しなどの事情で仕事はやめてしまった。今頃、いっちゃんは年長さんになっているはずだ。今でもイチゴが好きだろうか。他の子とやりあえるくらい逞しくなっただろうか。

おままごと仲間として、元気でいることを願っている。